精神と肉体のリベルテ、もしくはカリブのお気楽男

 久々にDに会った。かれこれ20数年前、初のフランス滞在の終わり、しばらくパリで間借りしていたのがD宅だった。TVプロデューサーとしてバリバリ働くキャリアウーマンの妻、生まれたばかりの娘、売れない画家D(ヒモといってもいい!)の暮らす、郊外のそれはお洒落な一軒家の三階部分に(エル・デコでも紹介されるくらいのお洒落ハウスだった!)、時折ベビーシッターするという交換条件のもと、ただで暮らさせてもらっていたのだ。今思えばそうとうにラッキー。
 昼の間、赤ん坊はほんもののベビーシッター宅に預けられてるので、Dはヒマ。私もヒマで、ふたりして馬鹿話に花を咲かせたものだ。あれから私は帰国し、Dはカリブの島に移り住み離婚、そして現地で再婚。あらたに娘を設けた。
 FBでつながって、私がふたたびパリに舞い戻って来た時、ちょうど里帰りしていたDと久々に再会したのが2年前。今回はパリに暮らす前妻との間の娘を連れて日本旅行に出るから、その前にパリで会わないか、と…。

 炎天下の中、サン・ポールで待ち合わせてビールをごくり。

「ミオ、変わらないね~」

 いえいえ、変わらないのはDの方!聞けば来年60歳になるという!!とても見えない。

「うん、45くらい?ってよく言われる…」

 前回、短い再会を果たした時はDの現在の奥さんとちいさい娘、ローランが一緒だったから、近況報告ばかりでじっくりとは話せず、今回久々に〈パリ、その後の話〉を聞き、面白かった。
 いわく…
 あの頃、絵はまったく売れず、なんのために描いてるのかわからなくなるほどだった。それでも時は過ぎ…長年暮らしたParisにもそろそろ飽き飽きしていた頃、カリブ海の島に移住していた妹から〈気分転換にしばらくこっちに来たら?〉と誘いを受け、旅立ったのがそもそものはじまりだという。行ってみたら自然豊かで陽気はいいし、すっかり気に入ってパリとカリブの二重生活をはじめることに。そのうち元妻とは喧嘩が絶えなくなり、あえなく離婚。

「ま、典型的な現代の結婚生活だよね。出会って子供つくってハイ、次のステップへ…」

 けれどカリブに移ってから、面白いようにすべてが回りだしたという。
 まずは浜辺で絵を描くことから始めたD。幸い島にはアーティストが少ないから、すぐに画家として知られるようになり、展示が実現。ふたを開ければアメリカ人観光客がばんばん作品買ってくれるしで、あっという間にお金がたまり、今度は自分のギャラリーを設立。そうして現在の妻と出会い再婚、娘が生まれる。バカンス生活の、はじまり、はじまり!

 ところが、一昨年島はハリケーンにやられ、ギャラリーも被害を被り…。教師の妻はその資格を生かし、同じカリブ海の違う島に職を見つけ、一家そろってまた移住。ギャラリーの修繕は保険でカバーできるから、手出しはなし。今住んでる島、すごく気に入ったから、ギャラリーは修復が終わったら、売っちゃおうかな~。そうそう、今ね、アメリカのとあるホテルに飾る絵、ぜんぶ任されてるんだよ。とはいってもすでにある絵のコピーを売るだけだから、何も新たに描く必要ないのさ。最近はもっぱら〈新規依頼〉があったときだけ描いてる。あとは精巧なコピーを売ってるんだよ。ハハハ~

「へ~、で、日がな一日あなた、何してるの??」

「う~ん、まずは娘がまだ小学生だから、娘の世話でしょ。あとは…ゴルフに、それからヨガかな??」

「なんとステレオタイプな!!〈精神のリベルテ〉かい!!?」

「〈肉体のリベルテ〉でも、あるよ(笑) お金はあるし~~」

 なんだかな~~それこそ南米の昼メロに出てきそうなシチュエーション!!しかし、このD、私が知り合った頃、つまり元妻に食わせてもらっていた頃から、まったくもって引け目を感じさせない人だった。悪びれることなく、かる~く楽しそ~にぷらぷら生きてる、正真正銘のブルジョワ系お気楽男だったのである。

 何も今に始まったことじゃないが、ここしばらく、自分の〈描くもの〉、あるいは〈書くもの〉に硬さを感じていた私。いい具合に〈抜けてる〉時もないではないが、なんかまじめ過ぎないか。たとえば絵。私のはイラストレーションだといいながら、少しでも〈絵〉っぽいものが描きたいという、芸術へのあこがれみたいなものを、どこかで捨てきれずあがいてる。結果〈遊び〉がなくなる。実際の私はもっと軽い部分も持ち合わせているのに(だからこそ、このお気楽男ともある意味ウマが合ったのである…)、こと〈表現〉となると、その〈軽さ〉を充分に出しきれず、妙にお利口さんになってしまう、なろうとするところがある。いや、ある種の〈まじめさ〉にしたって、確かに私の一部分なのだけれど、もっと気楽に軽妙洒脱にやれたらなぁ…と思っていたら!!すっかり日焼けして、今や立派なカリブ男と化したDの襲来である。相変わらず軽いな~(いい意味で)、それが彼の若さの秘訣なんだろな。
 何もDみたいになりたいわけじゃないけれど、つべこべ理屈をこねず、もっとゆるく〈とりあえず遊んでみる!〉くらいの調子で良いのかも…!!としみじみ思った、猛暑のパリのランデ・ヴー。

 帰宅してローランにこの話をすると…、

「つまり、コピーがばんばん売れるようになって、ようやくDは絵を描く意味を見出したってこと?」

 と、ちくり。
 うん、好きになるのはやっぱり〈ザ・誠実〉ローランタイプだな。精神と肉体のリベルテ男はたま~に会って馬鹿話して、ちょっと刺激を受けるくらいでちょうどいいわ。

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