愛は草原の彼方に

 ちいさな煙突と屋根裏部屋の出窓に縁どられた巴里の空が薄墨色に染まる秋、月曜夜のお楽しみが「愛は草原の彼方に」。農業(時には漁業や林業も)に従事する独身男女がパートナーを探す、日本でもよくある公開お見合い番組だ。私はもともとこの手の番組が好きだけれど(笑)、「愛は草原の彼方に」の何がよろしいかって年齢層が高いことである。この番組では30~40代(稀)なんて若手で、主役はもっぱら50~60代だ(時に70代だっている!)。出会いと別れ、酸いも甘いもそれなりに噛みしめてきた参加者もいれば、恋など一度も縁がなく、それこそ〈草原の彼方〉でひとり粛々と農業に勤しんできた参加者もいる。いずれにしろ、ある程度の年齢に達しているからこそ、誰かを恋することの不安もよろこびも、そこらの若者より一層色濃い。ちょっとしたことば、表情に各々の人生ドラマがギュっ!と凝縮されている。いくらでも〈次〉がある若者とは思い入れが違うのだ。だからこそ胸打たれるシーンに出くわすし、思わず涙する回も多い。ただし、ローランにいわせれば、私は明らかに〈感情移入しすぎ!!〉らしいけれど。苦笑。

 新春、女性司会者がフランス各地に点在する今年の参加メンバー(農家さん)を訪ね、それぞれの紹介インタビューが放映されたら、いざ、お見合い希望者の募集開始だ。このインタビューがまた中々に突っ込んだやり取りで、たとえば見るからに朴訥な農家のオッチャンが

「女性の笑い声に包まれ、その肌に触れる…。家の中には女性性、やわらかさが必要やけん」

 などと、ポツリつぶやいてみせるあたり、フランスだなぁ!と思わずにいられない。表現がやはり一味違う。日本のオッチャンはこんなに巧みにことばを紡げないもんね。
 さらにあけすけな司会者(時に充分に下品ともいえる…)の誘導により、生まれてこの方、女性経験なしなどと告白するメンバーもいれば、〈おいおい、ええ加減にせえよ!〉と思わずストップかけたくなるほど、田舎のナンパ男(女)っぷりを披露する強者もあり。各参加者のインタビューが放映されたら、番組はここでいったん終了。

 ―そうして季節はめぐり、秋。

 今度は参加メンバー(農家さん)がパリに全員集合。番組宛に届いたお見合い希望の手紙・写真をそれぞれ吟味、次の〈スピードデーティング〉に進む相手を各自10名まで絞り込む。中には段ボールいっぱいの手紙を受け取る人気者もいれば、かろうじて数通のメンバーも。セ・ラ・ヴィ、落ち込んじゃあいけないわ!長年この番組を見守ってきた司会者も〈選択肢が限られているほど、的確な判断ができる〉というし。
 何より特筆すべきはこの〈手紙〉の段階で、まだ見ぬ特定の候補者に心奪われ、目を潤ませるメンバーが毎回必ずいるということ。彼らは手紙の時点ですでに〈この人〉と心を決めている。そうしていざ対面したら、やっぱり涙、涙。ああ、ソウルメイトっているんだなぁ。出会った途端、ことばもなく見つめ合い涙ぐむふたり…。それぞれの歩んできた人生が、すっとひとつの地点で交差する瞬間。
 胸の奥深くそっとしまい込んできた寂しさ、誰かに心を明け渡すことへの不安、けれどとうとうそんな相手に出会ってしまったかもしれない…という隠しようのないよろこび、戸惑いが四つの瞳に震え輝いている。〈ああ、この人なのね…!〉と感極まって、こちらも号泣。興味深いのはこの手のカップル、往々にして見た目が似てる。もちろん〈そっくり〉じゃないけれど、纏っている空気、全体的な顔のつくりがどうにも似てる気がする、不思議よねぇ―。〈ミオがそう思いたいだけじゃないの!?〉すかさず、ローランが突っ込む。

 そんなこんなで個人面談の後、2名にまで候補者を絞り込み、その2名がふたり揃ってメンバー宅へホームステイ。1週間、3人で共同生活を送りながら田舎暮らしへの適性や相性を確かめる。最後に1人を選んだら、今度は彼女(彼)の家へメンバーがホームステイ。その後、番組から旅行がプレゼントされ、ふたりはさらに絆を深め、あるいは敢えなく破局に終わり…という流れ。昨年は番組初、同性愛者のメンバーもいた。

 先週、胸を打ったのはとある50代の女性。大柄でがらっぱちで陽気。大きなガラガラ声(酒焼け?)でよく喋る。スピードデーティングを終え、他候補者の待つ控室に入るなり、〈思った通りの素敵なひとよ!!あんなひとを捕まえたらわたし、絶対に離さない!!〉相手はひとの良さそな太鼓っ腹のオッチャンである。
 幸いこのガラガラ声のマダム、ホームステイまで進み、オッチャンの元へと旅立つ前には行きつけの美容院で髪を染め、美容師さんから〈新たなページをめくる時が来たね。幸運を祈るよ!〉と励まされ、いざ出発。車の中ではガンガンに90年代ディスコ音楽をかけ、意気揚々と現れたが、2日ほど共同生活を送るうち、オッチャンの心はもうひとりの女性へと傾いていることを察知。

「ねぇ、私にはやっぱりここでの暮らしは無理だわ。」

 いさぎよく辞退を申し出た。本当は本当はこの恋に抱えきれないほどの希望を抱いていたはずなのに…!オッチャン、もうひとりの候補者を交互に抱きしめ、

「ね、あなたも、あなたも。ふたりとも幸せになれる、なるべきひとよ。あなたたちの幸せを心から祈ってるわ…」

 思わず、ちいさな嗚咽がもれる。それでも、すぐに大きく微笑んで荷物をまとめ、〈後悔はしてないわ。この素晴らしいアヴァンチュールを絶対に忘れない〉、手を振り旅立っていった。ああ、切ない。

 年齢を重ねた分だけ、恋が生まれる瞬間もしみじみと沁みいるように美しいが、別れもまたずっとほろ苦い。哀しみをぐっと飲み込み微笑んで、〈気にしないで。わたしは大丈夫。あなたは幸せになるのよ!〉と、相手を気遣いさえする大人の恋。いちばん泣きたいのは自分のはずなのに、大人はいったいどこで泣くのでしょう…ね。

 まぁ、みんながみんな、こんなに心根のきれいなひとばっかりじゃもちろんなくて、50過ぎて泣き落としかい(その癖ライバルには意地悪)!!!! そしてまた、その小芝居にあっさり引っかかるんかい!!??と、思わずTVの前でひとりブーイングしてしまう回もあるわけですが(笑)

 それでも、いくつになっても、ひとが恋に落ちる時って、ほんとにきれい。瞳の中にお星さまがスパークしてるもんね。ローランからは〈話しかけるな〉といわんばかりの集中ぶりと毎回からかわれてますが、〈ああ、よかったねぇ〉〈可哀そうに…〉と反応薄いローランより、本当はこの番組、妹や女友達と一緒に見たい!!一緒にきゅんとしたり、涙ぐんだり、ブーイングしたい~~~!!!と、毎回願う、月曜の夜なのでした。

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