ミネストローネの朝
久しぶりに酔っぱらった。
土曜日、本当はご近所さんのBと3人でアイス・バーなるところへ遠征する予定だった。が、プール通いをしているBが塩素アレルギーを起こしたことから、大事を見て近くで一杯飲むだけにしよう…ということに。近所でちょっとビールを飲んでー、みんなそのぐらいのつもりだったのに!
―ね、あのティキなんとかってハワイアン・カクテルバーに行ってみようよ!
と言い出したのはローラン。夕方アパルトマン前で落ち合って散歩がてらぶらぶらと、ちょとそこまで。日本はもう桜満開、春爛漫のようだけれど、こちらはまだまだ。桜がないのは…、それはもう、まったくもって物足りない、味気ない、つまらないことしきりだけれど、それでも春は春。黄金色の粒子を纏ったような、あの春独特の煌めく陽射し、それだけでも春ってやっぱりしみじみとありがたい。なのに今年はまだ、あの光線にすらお目にかかっていないのだ…。薄曇りの、それでも随分と明るくなった夕暮れを3人で歩く。
さて―。私たちが到着した19時には件のハワイアン・カクテルバー、その名もティキ・ラウンジはまだまだガラガラだった。それぞれエマニュエル夫人みたいな籐椅子に腰掛けてフルーティーなカクテルで乾杯。あら美味しい、3人ご機嫌でグラスを交換しながら味見。どれも果汁いっぱいで飲みやすい。とはいえどのグラスにも当然テキーラ、ウォッカ、度数の強いお酒がたっぷり入っている…。飲みやすい→おかわり→果汁の糖分のせいか、お腹が空かない→さらにおかわり…のループを繰り返し、めずらしく何もつままずグラスを重ね、気がつけば周りはギュウギュウ。サタデーナイトフィーバー!途中ローランを引っ張り立たせ、ぐにゃんぐにゃんとふたり酔っぱらいダンスでもつれあったりするうちに、あっという間に夜が更けていった。そろそろ帰ろうと、3人そのままアパルトマンに引き返し、ここから先は私はあまり覚えていないのだけれど…その日午前中、中華街で購入した日本酒の小瓶を開け、さすがにちょっとお腹が空いたと同じく中華街で購入していた肉まんをレンジでチン、さらにローランがツナ・サンドをつくってくれたらしい…。肉まんまでは覚えているがツナ・サンドなんか食べた?翌朝、「私は食べてない」の主張にいやいや、しっかり食べてましたからと、ローラン苦笑。見れば昨夜私が座っていた位置にパンくずが散乱。あらら、ホントだ…。良かった、食べ物の恨みは怖いのよ。
かくいうローランも、というより今回はローランの方がしっかり二日酔いで、日曜は食欲なし。私はといえば、二日酔いの朝は昔からなぜか決まってミネストローネが食べたくなる。というわけでようよう11時にベッドを這いだし、ざくざくと野菜を刻む。ね、今日はタイムを入れて―、横からローランがのぞき込む。アイアイサー、了解、了解。ぐつぐつ煮え立つ真っ赤なスープに緑のタイムをひと振り。あっという間に清涼感あふれる、独特の香りがキッチン中に広がる。ああ、いい匂い―、うっとり目をつぶって思い切り深呼吸していると、隣りでローランがつぶやいた。
「この匂いねぇ、昔は好きじゃなかったな。ほら、南ってどこへ行ってもタイムばっかりでしょ。道を歩いててもタイム、料理にもタイム…。本当に飽き飽きするくらいだったよ。タイムの香りが好きになったのはパリに移ってからかな。」
「それから…ラベンダーの香りも嫌いだったなぁ。おばあちゃんがね、ラベンダーの匂い袋を、それこそ家中の抽斗という抽斗に忍び込ませる人で…。その上、香水までラベンダーと来た。本当にもう、うんざりだったよ。だから小さい頃の僕にとって、ラベンダーは老人の匂いだった。」
南仏出身者らしい思い出に私も笑う。この人の原風景なんだなぁ…。人の、特に親しい人の原風景について話を聞くのが好きだ。時代というのはどんどんめぐるから、そういえば見なくなったなぁという光景や、年配の方が語り手ならまったく知らない風俗が話の折々に混じっていたりして、それだけで味わい深い。さらに語り手の幼年期を想像しながら話を聞くと、当たり前だけれど、みんな小さかったんだなぁと何とも可愛らしくなってくる…。
そうこうしてる間にミネストローネ完成。ふぅふぅ吹きながら、ローランとふたりソファに並んで食べた。ああ、からだに沁みるなぁ…。酔っぱらった翌朝はやっぱりミネストローネだわ。後から薬膳を学んでいる友人に聞いたところ、二日酔いに解熱作用のあるトマトは理にかなっているらしい。昨夜いちばん酔っぱらっていたらしい私もミネストローネ効果ですっかり回復したが、ローランはこの日一日ダウンしていた。
「もう若くないんだなぁ~」
「そんなこたぁ、なくってよ…!」
食欲がないというので、夜は干しエビとショウガで中華粥をつくり、やっぱりふたり、ソファに並んでしみじみ食べました、とさ。
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