幼友達

夫の古い友人が我が家に一泊していった。

小・中・高、大学まで一緒だったという。2年ぶりの再会に夫は少しだけ浮足立っている。私ははじめまして、だ。

パリが白く染まったその夜、コートの雪をはらいながら、友人Hが現れた。

「はじめまして!会えてうれしいよ」

聞いていたとおり、一見して陽気で気さく、感じのよろしい男だ。伸びやかな笑顔がなかなか若々しく見えたけれど、ニット帽を外すと短く刈り込んだ髪はグレーに染まっていて、ああそうよね、と思う。

再会を祝し、まずはウィスキーで乾杯。ふたりの思い出話に私も笑い、グラスを重ね、よく食べた。

アルジェリア移民3代目の彼は食べることと、旅、とにかく人が好きで、よく喋る。

「ね、ミオ。いったとおり、うるさい男だろ。だからコイツのことは好きじゃないんだよ」

「いやいや、それをいうなら、お前は俺が嫌いなんじゃなくて、俺を愛することを嫌ってる、抵抗してるだけさ!」

にやりと笑って、Hがウィンクしてみせる。

「ローラン、Jがよろしくいっといてくれって。パリに来る前に電話したんだ」

彼らにはもう一人、Jという幼友達がいて、子供の頃から大変に頭の切れる男だったそう。今はスイスに暮らすこのJが、Hも舌を巻くほどのお喋りだという。電話嫌いの我が夫は、滅多に電話をかけることもしないけれど、それでもたまにJに連絡するときは「どうかJが出ませんように…」と願いながら、番号を押すらしい。

「ところがね、Jの奥さんがまたすごいお喋りで…!」

そうそう!とふたり、顔を見合わせ笑う。ああ幼友達って感じだなぁ。特に共通項があるわけでもない。月日が進むごとに、それぞれの人生は違う色合いを見せてくる。それでもただ幼き日、お日さまの光を浴びながら同じ時間をたっぷり過ごした、その温かな日々の体積がふたりを今も結びつけている。ふと日本を離れる前に参加した高校の同窓会を思い出した。全部で40~50名は集まっただろうか。やんちゃだった子も女子コーセーだった子も、大体がみな良きお父さん、お母さんになっていた。こうやって集まれるのは幸せだよねぇ、隣で人のよさそうな男の子(もちろん中年!)がつぶやいた。あの頃、夢見た未来をみんなが生きているわけでは決してない。もう40歳を過ぎてるんだもの、懐かしい笑顔の奥には誰だってそれなりのストーリーを抱えているだろう。それでも「おい、〇〇!」当時のあだ名で呼び合えば一瞬でタイムスリップできる。まだ海のものとも山のものともつかなかった、あの頃に…。

「おばあさんは元気にしてる?」

「ああもう、90になったよ!」

Hいわく、彼のおばあさんは読み書きができないにも関わらず、フランスで運転免許が交付された最初で最後の人だという。(次から次に話が展開するので、どういういきさつで免許を手にすることができたのか、聞きそれびれた!また次回)このおばあさんがまた、ひどく人好きのするタイプらしく、

「彼女を嫌う人なんて会ったことがない。どこにいっても愛される人」らしい。

一度は大学時代、夫も含め仲間内でアイリッシュパブに行くことになり、その日、なぜかHのおばあさんも同席したそう。アルジェリアからはるばる海を渡ってやって来た、移民1代目のおばあさんは、故郷の風習どおり大きなケープを身にまとい、若者に交じってにこにことうれしそうにビールを飲んでいたという。なんて可愛らしい…!

さすがにもう運転はしないので、今はもっぱらバスで移動。

「ところが、この間バスで転倒してね。それでも懲りずに乗り続けてる。乗客とあれこれお喋りを楽しんで帰って来るよ」

デザートまで楽しんだところで、話題はなぜかホラー映画に…。

Hも夫同様、B級ホラー映画好きらしい。この一年、私は夫につき合い、これまでの人生で見た全ホラー映画数をはるかに凌ぐ数の作品を鑑賞した…。こんな日が来ようとは!!(笑)

「だってミオ、僕らの思春期、80~90年代ってB級ホラー全盛期じゃないか!」とH。

「ハウリング」「13日の…」「エクソシスト」…懐かしいタイトルが次々に上がる。正直、ローランと結婚するまでホラー映画にはまったくもって興味がなかった。加えて、ひとり暮らしのホラー映画は危険極まりないので、むしろ避けるべきジャンルだった。(何より恐怖なのが、怖い話を見た・聞いた後のシャンプーである。頭を流して目を開けた瞬間、目の前に誰かがいたらどうしよう…!そう思うだけで髪が洗えなくなる)

ローランにいわせると「ホラー映画は現実じゃないってわかってるから怖くもないし、馬鹿馬鹿しくて笑えるんじゃないか。だから現実にもあり得そうな殺人ものとかは、僕は見ない。ゾンビなんてミオ、会ったことないだろ?」

そう、夫はゾンビ好きなんである。

「うんうん、ゾンビはいいよなぁ!」

すかさずHが合いの手を入れる。

「スピーディなゾンビと、のろいゾンビ、お前どっちが好み??」

ふたりの会話があまりに下らなくて、思わず吹き出す。まるで小学生の男の子だ。

話の流れから、Hおすすめのホラー映画をオンデマンドでレンタルして鑑賞することに。その名も「地獄の底まで」。タイトルほどには怖くもくどくもなくて、折々に笑えるシーンもある、B級としてはええんちゃうの?的作品でした(私もすっかりB級慣れしたもんだ!!)

映画が終わるとすっかり夜が更けていた。そろそろ就寝しようかとその辺を片付けはじめると、茶碗を洗うと夫がキッチンへと向かう。何いってるの、私が洗うからあなたはシャワー浴びて!明日も早いでしょ。でもミオは料理で疲れたでしょう…

「相変わらず、よくできた男だな」

私たちのやり取りを見ていたHが笑う。同感。きっと私の知らない昔から、気遣いのひとだったんだろうなぁ。

翌朝、3人で朝食をとり、Hをメトロ駅までお見送り。

「今度はふたりでうちに泊まりに来いよ。うちの奥さんのショルバ(豆や野菜をスパイスと一緒に煮込んだアラブの具だくさんスープ)は最高だから、ミオにも食べてもらわなくちゃ!」

おばあさん譲りと思われる、あたたかな笑顔を残して、Hはメトロの人ごみに消えていった。

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